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ハナちゃん  

昨年、2008年11月3日
この日、16年間パートナーだった、
ペルシャのハナちゃんが、虹の橋へと旅立ちました。

生まれつき白血球が少なくて、本当に病院ばっかりだった。

1歳 1993.09-29 

膀胱炎、尿管結石、乳癌、テンカン、腎不全…

どんなに気をつけても、白血球が少ないと、ちょっとのストレスが大きなダメージとなって発症します。


2003年、乳癌。
ボディチェック中、乳首の感触に違和感を感じ受診。触ってすぐに、とても嫌な感じがしたのを憶えています。
二回の手術後、白血球が低すぎて抗がん剤が使えず、バキソという薬を5年投薬。
幸い発見が早く、シコリになる前に摘出でき、転移も無く完治。

12歳 2004.11-09 

2006年8月、テンカン発作発症
頭がチックのように振れる症状が続いて受診。
以降、突発的に後ろ足に力が入らなくなる、歩行障害が出たり、典型的なテンカンの大発作が出たり。
脳内で何らかの障害が有るらしいが確定診断は難しく、原因は不明です。

2008年5月、腎不全発症
8月に入って、日に日に悪くなり、点滴の間隔もどんどん短くなっていきました。

その日の体調で、食べられる物が変わり、結果、毎日たくさんのお皿が並びました。

催促するのに食べてくれない…
イライラしてあたってしまう事もありました。

食べたいのに食べれないと気付き、可哀想な事をしたと今でも後悔しています。

体調が悪い日は、テンカン発作も繰り返し起こります。

10月、貧血も酷く完全に寝たきりに。
口内炎が悪化して唇の肉が落ちましたが、
口元に持って行く流動食を、美味しそうに飲みます。

点滴の効果も弱く、体温の維持も出来なくなってきました。
5キロあった体重も1.2キロ。身体はすでに、骨と皮しかありません。

それでも、声にならない声でご飯を催促します。
食べたいという気力だけが、ハナを生かしているようでした。

このまま治療を続けて、できる限り命を延ばすか…、
あるいは、治療を止めて自然に任せるか…

助からない病気というのは、本人も介護する方も本当につらいです。
生かすのも、逝かせるのもつらい…

そして…10月24日、
全ての治療をやめました。
最後の数日間は、治療から解放され、毎日大好きな物を食べ、穏やかな時間を過ごせたように思います。

11月2日 am1:00
夕方から呼吸が浅くなっていたので、
そろそろお迎えが来るようです。
その日も、ほんの少しですが、ご飯を食べました。
夜、そっと寄り添って、ガリガリの身体を撫で続けていましたが、いつの間にかウトウトしてしまった様です。
夢の中で…かつて毎朝そうしていたように、ハナが一生懸命、執拗に、私を起こします。

ハッとして目を覚まし、ハナの身体を触ると、半ば冷たく、呼吸も確認できませんでした。
さよならも言わないで、一人で逝かせてしまったかと、
抱きしめ、謝り泣きながら、身体を擦って温め続けていると…
微かにニャーと鳴き声をあげ、呼吸も体温も戻ってきました。
その後持ち直し、ご飯も食べて…
逆に拍子抜けしてしまい…
まるで昔のコントの様で、泣きながら笑ってしまいました。

翌日3日 am1:00
前日と同じ時間、
どうしても睡魔が襲い、またウトウトしてしまった様です。

夢はみませんでしたが、気が付き抱き上げると、ハナは、静かに一呼吸し、そのまま眠るように冷たくなっていきました。
もう、引き止める様な事はしませんでした。

逝かせてあげなければいけません…これ以上、頑張れなんて言えません…

両手を顔の前で合わせ、拝む様な格好は、産まれたばかりの赤ちゃんの様でした。2008.11-03 頑張ったね 

リビングから見える、庭の一画に埋葬し、胡桃の樹を植えました。
少しずつ手をかけて花壇にしようと思います。お墓 


小さな家族の一生は、本当にあっという間です。別れは必ずやって来ます。
どんなに悲しい思いをしても、やっぱり私は猫と暮らしたい。

そう思えるのも、きっと、ハナとの関係が素晴らしいものであったからだと思います。

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